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akb48ドラフト会議合格者 [芸能]

akb48ドラフト会議合格者 ドラフト結果 候補者決定!!!


akb48ドラフト会議候補者.jpg


10日、「AKB48グループ ドラフト会議」が
グランドプリンスホテル新高輪で開催され、


AKBグループ10チームの1位指名候補者が出そろいました。


東京都出身の高校2年生、須藤凜々花さん(16歳)が
3チーム競合となり、抽選の結果、NMB48チームNが
交渉権を引き当てました。



須藤凜々花.jpg




須藤さんには、SKE48チームK2、チームE、チームNが競合していました。


外れ1位でSKEのチームK2は神門沙樹さん(17歳)、
同チームEは小石公美子さん(18歳)を指名して交渉権を獲得しました。



神門沙樹.jpg


小石公美子.jpg



ドラフト結果は下記のとおり


〇AKB48
 ・チームA(キャプテン横山由依)  ⇒ 西山怜那(青森・中1)  <確定>
 ・チームK(キャプテン大島優子)  ⇒ 後藤萌咲(愛知・小6)  <確定>
 ・チームB(キャプテン梅田彩佳)  ⇒ 横島亜衿(愛知・中2)  <確定>
〇SKE48
 ・チームS(リーダー中西優香)   ⇒ 松本慈子(大阪・中2)   <確定>
 ・チームKII(リーダー高柳明音)  ⇒ 須藤凛々花(東京・高2)
 ・チームE(リーダー松井玲奈)  ⇒ 須藤凛々花(東京・高2)
〇NMB48
 ・チームN(キャプテン山本彩)     ⇒ 須藤凛々花(東京・高2)
 ・チームM(キャプテン島田玲奈)   ⇒ 武井紗良(大阪・中3)  <確定>
 ・チームBII(キャプテン上枝恵美加) ⇒ 磯佳奈江(茨城・大2)  <確定>
〇HKT48
 ・チームH(キャプテン穴井千尋) ⇒ 山本茉央(福岡・高2)  <確定>





須藤凜々花さんの交渉権を勝ち取ったチームNキャプテンの
山本彩さんはガッツポーズで、「ぎりぎりまで悩みました。


チームNにいない感じの子だと思いました。キャラクターが強い感じがしました。
トークの感じも印象的で、ダンスも目で追ってしまいました」と喜びのコメント。




須藤凜々花2.jpg


また、須藤さんは「とっても光栄です。
いちばん指名されなさそうなチームの人から・・・。


(3チームに指名され)すごい信じられない気持ちでした。
体育会系のチームから・・・。」と喜びのあまり言葉にならない様子でした。



また、公式サイトでのプロフィル映像の再生回数が最も多かった
愛知県出身の中学2年生の横島亜衿さん(13歳)はAKB48チームBが、


横島亜衿.jpg




2番目に再生回数が多かった福岡県出身の高校2年生の
山本茉央さん(17歳)はHKT48チームHが単独指名で交渉権を勝ち取りました。



山本茉央.jpg




『AKB48ドラフト会議』は、AKB48、SKE48、NMB48、HKT48の全チームの
キャプテンやリーダーが、イベントに同席したチームメンバーと協議の上、


ドラフト候補者の中から自分たちのチームに必要な人材を指名し、
新たなチームメンバーを決定するという、今回初めて開催するイベントです。



akb48ドラフト会議合格者3.jpg




プロ野球のドラフト会議と同じ会場で、約1500人のファンが見守るなか、
AKB48グループ総監督の高橋みなみさんをはじめ、
各チームのキャプテンや主要メンバーらが出席して行われました。



あの手この手と世間の注目をひくイベントを開催して、
話題を提供するAKB48グループから目が離せませんね。

島倉千代子 死去 葬儀 [芸能]

島倉千代子 死去 葬儀 


8日夜、都内の病院で死去した島倉千代子さん(75歳)が所属する
日本コロムビアの原康晴社長らが都内で記者会見を行いました。


それによると、死因となった肝臓がんが見つかったのは3年前だったとのこと。
容体が悪化し、今年6月に都内の病院へ入院しましたが、10月中旬に退院。


11月6日、島倉さんが「体調が悪い」とマネジャーに訴えたため再び入院し、
8日、体調が急変し、事務所のスタッフらに看取られて亡くなったとのことでした。

苦しむ様子もなく、穏やかな表情で眠るように息を引き取ったということです。




島倉千代子.jpg




60周年を迎える来年に向け、記念のCDボックスの発売や
コンサートの開催に意欲をみせていたという島倉さん。


南こうせつさんに作曲を依頼した新曲「からたちの小径(こみち)」の
リリースに向け、自宅でレコーディングの準備を進めていました。


最後のステージは6月21日、入院先から向かった
宮崎県延岡市で開かれた競演コンサートでした。


島倉さんは「最後の1曲」と言うと、ギター1本の伴奏で
美空ひばりさんの「越後獅子の唄」を歌いました。


島倉さんが歌手を目指すきっかけとなった曲でした。
島倉さんは公演後すぐに病院に戻ったようです。



島倉千代子7.jpg



続きは後半で!!


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後半はここから!!





原社長は「昭和を代表する歌手の一人。
コロムビアにとっては母のような存在でした」と悼んでいました。


遺体は、島倉さんがあらゆる面で相談をしてきた住職がいる
都内の寺院に安置されました。死期を悟り、後見人や住職に

「もしもの時にはここに(遺体を)安置してほしい」と
“遺言”を残していました。

「死後に迷惑を掛けたくない」という思い。最後まで心優しい人でした。


島倉さんの葬儀は、今月14日、
東京・港区の青山葬儀所で営まれることになっています。




島倉千代子5.jpg





島倉千代子さんの死から一夜明けた9日、

島倉さんが来年の歌手生活60周年に向け準備していた新曲
「からたちの小径」(作詞・喜多條忠)を作曲した南こうせつさん(64歳)が
最後の壮絶なレコーディングの詳細(秘話)を明かしました。



南さんがマスコミ各社に送ったファクスによれば、
同曲は1年前、本人から直接頼まれたものだそうです。


今年5月に制作途中のメロディーを視聴した島倉さんは
とても気に入り、感激のあまり「この歌は絶対にお蔵入りさせたくないから、
よろしくお願いします」と、涙を流して念を押したといいます。


当初、11月15日がレコーディングの予定でしたが、先月29日、
「その日まで待てない。すぐに声だけでも入れたい」と島倉さんから連絡があり、


「5日に体調を考えて、ご自宅のリビングでレコーディングできるよう整えました」


体力的に見ていて1回歌うのが精いっぱいという印象だったというが、
「3回歌われました。奇跡の歌声でした。1回ごとに感情豊かに歌われ、


3回目は『もっと自由に好きなように歌います』とおっしゃる姿に、
歌に対する情熱を感じました」と南さんは振り返っていました。



島倉千代子2.jpg




また、島倉さんは6日、体調を崩して再入院しましたが、この日、
南さんにお礼の電話をし、涙ながらに次のように語りました。


「私の部屋の中にスタジオができて、そこで私はできる限りの声で歌いました。
自分の人生の最後に、二度と見られない風景を見せていただきながら歌を入れられるって、
こんな幸せはありませんでした。人生の最後に素晴らしい時間をありがとうございました」




その2日後、訃報に接した南さんは「最後の最後まで歌に生き、
歌を愛するその姿勢はまさに歌の神様でした」とつづり、冥福を祈りました。




島倉千代子8.jpg



所属事務所の日本コロムビアによれば、
同曲の収録に立ち会っておらず、
発売などについては今後、検討していきたいとしています。



また、デビュー前から島倉さんに憧れていたという
歌手の石川さゆりさん(55歳)は都内で記者会見し、

涙ながらに「島倉さんの歌いざまをしっかり焼き付けて
歩いていきます」とコメントしています。




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太川陽介 あまちゃん [芸能]

太川陽介 あまちゃん


往年のアイドル、太川陽介さん(54歳)が注目を集めています。


ことの発端は、『ローカル路線バス乗り継ぎ 人情ふれあい旅』(テレビ東京系)


蛭子能収さん(66歳)との珍道中が話題を呼び、
今年8月31日に放送された回の視聴率はテレビ東京では異例の13.2%。
今年放送された3回とも、12%超えと絶好調なのです。



太川陽介3.jpg




実は、あの超人気朝ドラ『あまちゃん』でも
太川陽介さんは話題になっていました。



以下、『あまちゃん』第155話から


結婚式も無事に終わり、
春子の部屋で、
鈴鹿ひろ美と春子のツーショット。
2人とも、琥珀の指輪が初々しい。

渋谷哲平のレコードを見せる春子に、
「私も同じ物持ってる」と鈴鹿。
太川陽介のも「持ってる持ってる、ルイルイ」と、
2人でとっても楽しそう。


太川陽介5.jpg



鈴鹿ひろ美も、春子も、「吹っ切れた」と言った。
こんな日がくるなんてね。



くだんの旅番組に話を戻すと、テレビ局関係者によると


「さすがにスタッフも、開始前は2人の掛け合いが
これほど面白いとは思っていなかったようですよ。

狙ってコンビを組ませたわけではないですからね。

それよりも、季節特番とはいえレギュラーで、
3泊4日できる芸能人をブッキングするのは大変です。

まず、スケジュール的な問題が優先されたそうです」



番組では、「旅館に泊まりたくない」「休憩をしたい」などと
わがままを言い出す蛭子さんに対し、太川さんがなだめたり、
たしなめたりする場面もあります。



蛭子能収.jpg



毎回ゲストとして呼ばれる女性タレントと蛭子さんが衝突しそうなときも、
太川さんが仲介に入り、事を収めることもしばしばです。


抜群の調整能力を発揮し、いつしか頼れるお兄さん(おじさん)
というイメージもついてきています。

 

TBSの看板番組である『ぴったんこカン・カン』などにも2人で出演。
テレ東の一番組に留まることなく、他局にまで人気は波及しているようです。




太川陽介さんといえば、1979年から1986年までNHKで放送された
『レッツゴーヤング』の司会を務め、歌手としても『Lui-Lui』などの
ヒット曲があるタレントさんです。その後、俳優としてドラマや舞台で活躍。


『象印クイズ ヒントでピント』(テレビ朝日系)の回答者としては
「テクニカル問題」を得意とし、司会の土居まさるさんから
「テクニカル王子」と呼ばれた時期もあったようです。
 


最近では、『笑っていいとも』で、タモリさんが番組終了宣言をした
翌日のテレフォンショッキングのゲストが太川さんだったんです。


視聴率こそ終了宣言日が5.0%、翌日が5.8%とあまり変わりませんでしたが、
業界内視聴率は高かったようです。
これで、『太川さんは何かを持っている』という話が出ているらしい。


太川さんに注目している関係者は、以前に比べ、激増しているようです。
実際に、出演依頼は確実に増えている状況ですから・・・。
再ブレイクといえるところまで需要が高まるのか? 注目したい。



太川陽介7.jpg





ローカル路線バス乗り継ぎの旅の概要(ウィキペディアより引用)



太川陽介と蛭子能収に女性ゲスト(女優、タレント。
番組では「マドンナ」と称している)1人を加えた3人が、

日本国内にある路線バスを乗り継いで
3泊4日の日程内に目的地への到達を目指す。


一般的な旅番組とは趣が異なり、路線バスにより
目的地への到達を目指すことが第一となっているため、

一行は観光を楽しむよりも時間に追われながら行動することになる。

利用するバスの発車時刻によっては
有名な観光地を素通りすることもある反面、

あまり知られていない穴場スポットに立ち寄ることもしばしばある。



太川陽介jpg.jpg




シリーズを重ねるにしたがってルールがまとまってきたこともあり、
第13弾からはオープニング(出発地)で番組内でのルールが
「路線バスの旅のルール」として以下のように示されている。



旅のルール(第13弾のオープニングでの表示より)


①「3泊4日でゴールを目指す」
 このルールはシリーズ開始当初から変わっていない。


②「タクシー使用禁止、バスが繋がらなければ歩く」
 タイトルの通り、移動には原則として路線バスを使用しなければならない。
 行程によっては乗り換えられるバス路線がなくなり、
 徒歩での移動を強いられることになる。

 悪天候や暑さ・寒さに耐えながら、
 数時間歩かなければならないことも珍しくない。(第5弾からは禁止となった)

 鉄道や飛行機・船といった他の公共交通機関の利用や、
 自転車、ヒッチハイクを行うことは禁止である。

 なお高速バスも基本的には利用できないが、
 高速道路を使用しない区間は利用できる。

 また、コミュニティバスや空港連絡バス、鉄道代行バスは利用できる。
 この他、滞在する宿の厚意による「送迎」という形で車を利用することは許されている。


③「携帯電話・スマートフォンで情報を調べてはいけない」
 情報収集は現地の人ないしは路線バスの運転手や営業所からのみ可能で、
 インターネット・携帯電話・スマートフォン・タブレットなどを利用した情報収集はできない。



第6弾以降は、前回の目的地が出発地として設定されることがある。

第15弾の終了時点でまだ通過していない都道府県は、
茨城、千葉、福井、和歌山、長崎、佐賀、大分、宮崎、沖縄の各県である。

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